ESSAY

アトランタオフィス開設3周年
代々木ゼミナール アトランタオフィス マネージャー 新井 由美子
[プロフィール]

中学2年生から高校卒業まで、父親の海外赴任のため米国ジョージア州に滞在。代ゼミ帰国受験コースで学び、東京学芸大学入学。卒業後、代ゼミアトランタオフィスでマネージャーとして活躍中。

 代々木ゼミナール国際教育センター・アトランタオフィスが開設されてから、今年の9月で丸3年になります。アトランタオフィスが開設される前までは、アメリカ国内に滞在する高校生は、何か質問や相談があったら日本まで国際電話をかけて問い合わせをしなければなりませんでした。しかし、アトランタオフィスができてからは米国内から気軽に問い合わせができるようになり、相談者は全米各地から問い合わせをしてくるようになりました。この3年間、アトランタオフィスではこれまで多くの受験生のサポートを行ってきました。このたび、アトランタオフィス開設3周年という節目を迎えるにあたって、アトランタオフィスのこれまでを振り返ってみたいと思います。

アトランタオフィスができるまで
 アトランタオフィスが生まれるきっかけはなんだろうか…と考えると、自分の高校時代までさかのぼることになります。私は高校時代を両親と一緒に米国・アトランタで過ごしました。高校卒業後は皆さんと同じように、日本の大学に進学することを希望していました。しかし、当時はどのように受験に関する情報を集めればいいのか、全く見当がつきませんでした。現代のようにインターネットが普及していたわけでもなく、国際電話の料金も安いわけではありませんでした。私は不安を抱えながらも、どうすればいいのかわからないという状態でした。そんな時、漠然としてはいましたが「自分の後輩達には同じような思いをさせないようにしよう。」と思ったのを覚えています。
 不安を抱えながらも受験のため日本に帰国した私は、代々木ゼミナールに通うことになりました。担任の先生やチューター、講師の先生方がとても親身に指導してくださったおかげで、私は第1志望の大学に合格することができました。その時の暖かさに感動し、私も同じように人の不安を取り除く仕事につきたいと、大学時代はチューターになることを決意しました。
 大学4年間チューターとして働き、私は生徒と一緒に悩み、喜びました。自分が相談を受けているようでいて、実は生徒に勇気をもらっていることもしばしばでした。大きな夢の話しを聞くと、「自分もがんばらなければ!」と気持ちが奮いたたされるのです。人の役に立つことの喜びを感じられる仕事、生きるエネルギーを与えてくれる仕事、チューターという仕事は、私にとってそのような仕事でした。


夢に向かって第一歩
 私が大学4年生をもうすぐ終わろうとする頃、以前から温めていた代々木ゼミナール・アトランタオフィスの話が実現に向け具体的に動き始めました。私はその時、それまで味わったことのないような興奮を覚えていました。高校時代から始まり、大学時代に膨らんできた「自分の後輩たちのためになる仕事」が、いよいよ実現されようとしていたからです。もちろん自分にできるかという不安はありましたが、それ以上に「やってみたい、やってやるぞ!」という気持ちのほうが強かったのです。そして2000年9月、代々木ゼミナール国際教育センター・アトランタオフィスが開設されました。すぐに問い合わせの電話が殺到し…という予想は見事にくつがえされ、しばらくは問い合わせもなく、ひたすらPR活動をするという日々でした。しかし、徐々に問い合わせも増え始め、日本語補習校で講演をする機会もいただきました。そして、オフィス開設から3年たった今、以前日本に送り出した生徒から大学合格の嬉しい知らせを受け取るようにまでなりました。
 開設から3年たち、アトランタオフィスは徐々にアメリカに定着してきたように思えます。しかし、情報が必要なのにどうすればいいのかわからない生徒や保護者は、まだまだいると思います。今後はそのような人々にどうやって情報を知らせていくかを考えていかなければなりません。そして、今はまだ相談される側である私と相談者という1本のつながりでしかないパイプを、今後は相談者同士、保護者同士という横のつながりをつくっていけたらと思っています。同じ夢を持つ同士、同じ経験をしたもの同士が助け合える場を作れたら、今まで以上にできることは広がるのではないかと考えています。私の挑戦は今後も続きます。ぜひ皆さんも、一緒に活動しましょう。




| ESSAYメニュー |