ESSAY

エセ・バイリンガルの悲劇
代々木ゼミナール帰国受験科英語講師 大島昇
 今回は多くの帰国生が日本に帰国してから悩むことになる、語学力(英語力)の現実について、お話ししたいと思います。帰国生が滅多に口にしないことで、帰国生だけにしか解らない心の叫びを紹介することから始めたいと思います。

心の叫び
 「確かに普通の日本人よりは外国語が話せるし、読み書きもできる。しかし、だからと言って、周囲の人達が思っているほど『ネイティブ』なものではない。現地の友達とは『一応』会話が成立していた。だが、それは多少なりとも違和感を感じながらの会話であった。正直に言うと、細かいニュアンスまで完全に分かっていた訳ではない。その上、正式な場で使うような表現は知らない。だから、人前に出てちょっとした『大人の』あいさつや祝辞をさりげなくできる訳ではない。読めと言われれば、一応どんな文章でも読めるが、分からない言葉は適当にごまかして読んでいる。ましてや、日本語に訳せと言われても、日本語の方を多少忘れてしまっているので、まともな日本語になる訳ではない。学校でレポートを書いて提出していたのだから、文章が書けない訳ではない。だが、現地の教師は外国人だから多少大目に見ていたはずだから、自分の書いたものがどの程度文法的に正しいものであったか分からないし、自然な文体だったかどうかも自信がない。だから、突然難しい内容の文章を書けと言われても、書ける訳ではない。」これが3・4年から5・6年間海外にいた帰国生の正直な気持ちでしょう。もちろん個人差はあります。周囲の日本人、特に現地校での日本人との接触頻度、家庭環境、塾通いの有無など、様々な要因によって状況は変わります。しかし、英語圏からの帰国生や国際学校出身の帰国生の多くは、多かれ少なかれこれに似た気持ちを抱いているはずです。

帰国生の現実
 多くの帰国生が置かれた状況をまとめると次のようになります。
 まず、数年の外国滞在では「バイリンガル」と言えるほど語学力も、その背景の文化についても深い理解を得られていないということです。実は帰国生の語学力は大したものではないし、むしろ中途半端なものなのです。ところが、帰国後に日本で接する人達は過剰な期待を帰国生にかけているのです。これが多くの帰国生の現状なのです。

命名『中途リンガル』
 大半の帰国生は自分の置かれている現状を十分に分かっています。しかし、帰国生にも見栄もプライドもあるでしょう。だから、人前では「バイリンガル」や「マルティリンガル」で通している人がかなり多いようです。これは当然のことだと思いますし、致し方のないことだとも思います。特に悪いことだとも思いませんし、責める気にもなりません。
 しかし、この現実を一言でまとめたいと思います。多くの帰国生は「バイリンガル」でも「マルティリンガル」でもなく、中途半端なバイリンガル、つまり『中途リンガル』なのです。
 帰国生は皆それぞれに、このような現実を薄々感じています。そして、それを言葉として自覚したとき、かなりのショックを受けるものです。しかし、これを他人に指摘されたときの空しさたるや、筆舌に尽くせないものがあります。また、それを指摘した相手に怒りに近い気持ちを抱くものです(筆者も帰国生であり、その洗礼を受けた経験があります。)。

最後に周囲の方々へのお願い
 だからこそ、帰国生の多くが「中途リンガル」であるということを周囲の方々はあえて指摘する必要はないと思います。むしろ、その中途半端な状況が定着してしまわないように様々な提案や支援をされる方が良いかと思います。例えば、高度な授業を展開している通訳学校に通うように勧めたり、外国人と接するチャンスを作ってあげたり、大人が読むような書籍や雑誌を読むように促したりしてはいかがでしょう。ただ、「『中途リンガル』になりきらないように」と言った消極的な形ではなく、あくまでも、「もっと伸ばす」ことを念頭に置いた積極的な姿勢で、そして強要するのではなく、促す形で提案したいものです。

 これまでお話しして来ましたような現実を理解し、認識した上で周囲の方々も、そして帰国生自身も帰国後の語学力の維持と伸長について考えることのできる環境が整うことを願うものであります。


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