ESSAY

あなたの存在感を育てましょう
外務省大臣官房人事課子女教育相談室長 藤澤 皖
大量化の現代社会と疎外されやすい個人
 現代社会は何でも大量化しています。物の生産と交易はもとより、国を越えての人物の往来も盛んですし、国際結婚も珍しいことではありません。多様な文化や言語も複雑に交錯しています。IT(情報技術)革命とも言われるように、メディアを通じた情報も大量化しています。携帯、デジタルのテレビ、コンピューター等を使いこなせれば、情報は何でも早く入手出来る時代です。もっとも、商業化時代とはいえ、自分が好むと好まざるとにかかわらず一方的に押しつけられる情報も多いのは困りものです。
 このような状況の中で、あなた自身は自分も一人間として生きているという存在感を抱けますか。時代の流れについてゆけなかったり、多くの人の仲間の中に入れないという疎外感、自分だけ取り残されたような感じに陥ることはありませんか。自分は誰からも顧みられない、必要とされないという思いを持つことは、誰でも時には経験することがあるのではないでしょうか。お互いに気遣い合う家族に恵まれていない場合には、なおさらのことです。

人間は「考える葦」である
「人間は自然の中では風にそよぐ葦のような小さな存在であるが、また、考える葦でもある」とは、哲学者パスカルの言葉として有名です。いかに小さな存在であっても、考えることが出来る、いわば自分の意思で行動できるということが、人間であることの証になるのです。
 小学校から中学校、高等学校、大学と進学してゆく過程の中で、あなたは何を考えているのでしょう。自分は何になりたいのか、何をすることが可能なのか、何を求められているのか、何をしたいのかなどと考えて見たことはありますか。日本では高校へ進む過程で、あるいは高校へ進んでからも、学校の成績次第では人間としての評価まで決定されてしまうような感じになることさえないとは限りません。自分でなるべく早く将来の生き方の目標を定め、その目標へ近づく努力をしてゆかないと、周囲から勝手に自分の人生を決定されてしまいかねないのです。

学習の4本の柱
 ユネスコ21世紀教育国際委員会では、学習の4本の柱として、「LEARN TO KNOW」「LEARN TO DO」「LEARN TO LIVE TOGETHER」「LEARN TO BE」を挙げました。「知ること」はすべての基礎です。新しい知識もそれまでの積み重ねの知識の上に加えるものです。教えられたものを覚えるだけでは間に合いません。どうしたら自分に必要な新しい知識を獲得出来るかということも習得しておく必要があります。「為すこと」は自分の進路、仕事や生き方にも繋がります。「共に生きること」は、21世紀の社会では特に大事なことですが、これまでの日本人には結構難題なのです。。海外生活では様々な民族と接触する機会を積極的に持ち、この共生するという感性を自然なものとして身につけてほしいものです。そして、TO BEは日本語の報告書で「人間として生きること」と訳されています。いわば、「あなたはだれ?」という問いかけに答えることです。学校では、なかなか教えてくれないものです。先人の生き方や哲学書宗教書などを学び、自分で探し求めるものではないでしょうか。インドのカルカッタでマザー・テレサの施設と彼女の生き方に接したときには強烈な印象を受けました。マザーテレサ自身が自分の生き方として選択した結果なのです。

自分が消えるような存在にならないために
 何年か前のことですが、ある有名私立大学附属高校に入学した帰国生が、「自分が消えてしまいそうで、怖いのです」と訴えてきたことがあります。海外では、自分で考えるということが評価されていて、自分の存在感を感じていたのでしょう。帰国して、大きな学校の大勢のクラスに入っているうちに、自分の存在感が薄れてきて、不安になったのです。学校文化の違いと言ってしまえば、それまでですが、国内の一般の教員は、一斉授業は得意でも個人個人を生かす指導方法には馴れていないのが実状です。
 他と調和をとることも大事なことですが、個の確立と言いますか、地球上のどこの場にあっても存在意義のある自分自身の考え方生き方を身につけることが大切です。海外で学んでいる皆さんは、不変の自分を確立するのは今です。「将釆何をしたいのか」ということから考えましょう。


| ESSAYメニュー |