| ESSAY |
| 海外で暮らすこと −カルチャーショック、そして……− | ||
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| 「海外で暮らすこと」とはどのようなことでしょう? 「海外に住むこと」では不十分です。 ここで大切にしたいことは、「居住地を変更すること」のニュアンスが強い「住むこと」ではなく、「暮らすこと」あるいは「生活すること」です。もちろん「外国を体験すること」でもありません。外国を体験するだけであれば、海外旅行でも十分です。しかし、そこから話しを始めたいと思います。 ● 海外旅行のインパクト 海外旅行から帰ってきて、開口一番に「みそ汁がない生活なんて」だの「ラーメンの禁断症状が出た」だのと言う人がよくいます。海外にちょっと行っただけで、それまでとは打って変わって日の丸を愛し、日本文化を憂える。一時的な「ナショナリスト」(私はこれをナショナリスト・モドキと呼んでいます)になって帰ってくる人もいます。旅行程度であっても、海外に行く事のインパクトは相当大きいもののようです。 日本国内にいるだけでは極端に異質な物に触れる機会がほとんどありません。だから日本の文化と他の国の文化が違っていることは知っていたとしても、それはあくまでも知識でしかないのです。異質なもの、異文化と言えるものを肌で感じることがあまりないのです。日本国内では自分と同質のものや慣れ親しんだもの、つまり日本文化に基づくものが大勢派を占めています。ですから、仮に異質なものがあったとしても、それは少数派であり、「変なもの」「例外的なもの」として片づけることができるのです。そうすることで心の平穏を得て、普段の生活を営んでいるのです。 ところが、海外へ行くとその立場が逆転します。自分の方が少数派であり、「変なもの」なのです。様々な大勢派の習慣や仕組みに驚き、戸惑うのです。このとき初めて、外国の文化と自分の文化が「違う」こと、そして自分が背負っているものが「日本文化」であることを認識するのです。平穏な状態からはほど遠い、緊張した生活を強いられる衝撃は大きく、その影響も極端な形で現れるのです。先ほどの「みそ汁」などについての発言や「ナショナリスト・モドキ」になることもそうでしょう。これが、いわゆる「カルチャー・ショック」の軽度なものです。 ● 海外で暮らすことのインパクトと異文化適応 海外で暮らすともなれば、そのインパクトは海外旅行の比ではありません。海外で暮らすことは単に「一時的な異文化の中に存在すること」とは根本的に違うことなのです。その最大の違いは、海外旅行であれば、「近いうちに日本に帰ることができる」という安心感があるのに対して、暮らす場合はそのような甘い期待が全く持てないことです。また、海外旅行であれば、この他にもいろいろと精神的な逃げ道があるのですが、それなりの期間「暮らす」ともなれば、腰を据えて「長期間異文化の中で生活」しなくてはなりません。つまり、逃げ道がほとんどないのです。 そのインパクトは一言で言い表すことは出来ないものだとよく言われます。逃げ道のない状態で、海外旅行の時のような戸惑いや緊張感、居心地の悪さなどを、数段強くしたものを常時味わうことになるのです。「宇宙空間にほうり出されるようなものだ」と表現する人もいます。上下も左右も無い。何が正しくて、何が間違いなのか分からない。ただただ、途方に暮れ、戸惑うだけ、ということからです。こうしたことを「カルチャーショックの連続」、「強度のカルチャーショック」と表現できるかも知れませんが、経験したことのある人でなくてはその感覚が分からないものかも知れません。 しかし、これらのことはあくまでも初期の段階のことで、異文化の中でもがくうちに、異文化を理解し、受け入れ、適応し、バランスのとれた見方が出来るようになっていくものです。ほとんどの人は様々な戸惑いを経験し、乗り越え、心の平穏を得るようになるです。これを異文化適応と言います。(蛇足ながら付け加えますと、適応の過程には振り子のような揺り戻しが必ずあるもので、直線的なものではありません。また、異文化適応ができない人も確かにいます。さらに、治療を要するほど極端な例があることも事実です。) ● 海外で暮らすことの良さ しかしながら、異文化適応は海外で暮らすことの一部でしかありません。主に初期の段階の問題です。海外で暮らしている間で最も大切なのは何をするかなのです。 日本では得られない、貴重な経験ができる機会なのです。その国を充分に味わい、見聞を広げるまたとない機会なのです。語弊をおそれず言ってしまえば、一種の特権なのです。 帰国生予備軍の諸君に告ぐ(その1) もし日本の大学に帰国生を受け入れる理由があるとすれば、それは海外で暮らしている間に日本にはないものを多く見聞し、体験してきたからです。語学力があるからでも、カルチャーショックを経験し乗り越えてきたからでも、「国際感覚」なるものを持っているからでもないのです。このことを充分に心得ておいてください。 帰国生予備軍の諸君に告ぐ(その2) ただそこに「存在する」のではもったいないと思いませんか。せっかくのチャンスを逃す手はありません。できるだけ多くのものを見て、体験して、吸収する。可能です。やってやれないことはありません。必要なのは「きっかけ」と「好奇心」それにちょっとした「勇気」です。いろいろと困ったことも起きるでしょうが。それも経験です。ぜひあなたのいる国に飛び込んでください。帰国生を鍛える『鬼軍曹』“チャーリー大しま”からの忠告でした。 |
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