| ESSAY |
| 現代文は地球を救う!? |
| 代々木ゼミナール帰国受験科国語
小論文講師 宮田泰三 |
●コミュニケーションに必要な「国語」 そもそも「国語」は何のために勉強するのでしょうか。それは、コミュニケーション能力の向上のためです。ここでいうコミュニケーションとは、口頭で行われることと文書で交わされることの両方を含みます。(もちろん、コミュニケーションの方法には他にボディーランゲージや手話によるものもありますが、この文章では割愛いたします。) たとえば、相手が述べようとしていることを正しく聞き(読み)、聞かれた(書かれた)ことに対する自分の意見を正しく伝える、これをお互いに繰り返すことによって、コミュニケーションは成り立つのです。このコミュニケーションを円滑に行うためには、実は「国語」の力、中でも「現代文」の力が必要なのです。 ●「国語」における「聞く」「読む」 一般的に「国語」は、主に「聞く」「話す」「読む」「書く」ということを養う教科だといわれています。では、これらの中でもより重要なものはどれだと思いますか? その答えは「聞く」「読む」なのです。その理由は、「聞く」「読む」ことができてはじめて「話す」「書く」ことができるものだからです。 たとえば、あなたの身の回りに、「自分のことしか話さない人」、言い換えると「人の話を聞かない人」っていませんか。ちょっと考えてみてください。その人ってコミュニケーションがあまり上手くないと思いませんか。実は「話す」という行動は、相手にかまわず自分勝手にできてしまうのです。極端な話、誰も聞いていないのに「話している」ということもできてしまいます。これでは、コミュニケーションが成り立つはずありません。このことは、「書く」場合にも起こり得るのです。自分勝手に書きっぱなしにする、という状態です。日記のような文を書くのならこれでもいいですけどね。 これに対して、「周りの人が話している言葉にじっと耳を傾けて、その言葉を正しく聞き取っている人」、こういう人も中にはいますよね。この人は、きっとコミュニケーションが上手にできる人です。「自分の話を聞いてくれる人」って、かけがえのない存在ではありませんか。そんな人こそ周りの人からも付き合いたいと思われるのであって、その付き合いの中心にあるのがコミュニケーションに他ならないですよね。こういうタイプの人は、「聞く」ことがきちんとできているので、相手に的確な返答(「話す」)をすることもできるはずなのです。このことは、「読む」場合にも起こり得るのです。「読む」ことがきちんとできている人は、文章を書いた人が何を言おうとしているのか、ひたすら読み取ろうとするのです。これができてはじめて、筆者の意見に対する自分の意見を的確に述べていくこともできるのです。 つまり、「聞く」「読む」を正しくできる人が、「話す」「書く」も的確に行えるのです。こういう人のコミュニケーション能力はきっとすばらしいものでしょう。こういう人を目指して欲しいと思います。 ちなみに、「聞く」と「読む」とでは、どちらが難しいと思いますか。それは恐らく「読む」の方でしょう。それは、相手の表情や声のトーンなど、五感から感じ取れるものまで文字から読み取らなければならないからです。この「読む」力をきちんと身につけるためにはどうすればいいのでしょうか。 ●「現代文」のすすめ 「現代文」で必要な力は「読解力」といわれますね。では、その「読解力」とは何でしょうか。「読解力」の「読」は「正しく読む」で、「解」は「理解する」です。つまり、「読解力」とは、「正しく読んで理解する力」、すなわち、文章を書いた筆者が述べていることをそのまま受け入れる力、のことをいうのです。ただ書いてあることを正確に読み取っていくことを目的としているのです。しかも、それが正しくできているのかをテストできるものです。まさに、「読む」訓練にはうってつけといえるでしょう。 「現代文」を勉強し、その力を伸ばしていくことができれば、「聞く」力も伸びていくでしょう。「聞く」「読む」力が伸びるということは、「話す」「書く」きっかけともなるので、その力を伸ばす可能性も出てくるのです。その結果、円滑なコミュニケーションも可能となるでしょう。 あとは「読む」手段ですね。それは、授業でお会いしたときにたっぷりとお伝えしますので、楽しみにしていてください。「現代文」はきっと地球を救います。 |
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