ESSAY

エジプトの人々とのコミュニケーションで学んだこと
          アインシャムス大学外国語学部日本語学科専任講師
 嶋田 順子
2003年1月まで約10年間、代ゼミの国際教育センターで帰国生の大学受験進学指導や面接指導、情報誌の編集など担当。同年3月にエジプトへ渡る。同年9月より国立アインシャムス大学の日本語専任講師を2年勤め、現在に至る

●初めての海外経験への期待
 「今度は浦上先生(私の旧姓)が帰国生になる番ですね。」
帰国生にこう言われながら代ゼミを辞め、夫の海外赴任に同伴し、エジプトに来てから2年半になります。
 代ゼミ在職中、帰国大学受験コースが開講する7月が、毎年帰国生との出会いの季節でした。私達クラス担任はこの時期に個人面談を実施し、彼らの教育歴や成績、受験計画を確認していました。私はこの面談が好きでした。世界各国からの個性豊かな帰国生の波乱万丈の物語が聞けるからです。ここで私が重要視していたのは、次の3点です。
1) 自分のやりたいこと、好きなことを熱く語れる。
2)人の話を素直に聞ける。
3) 滞在国での経験や思い出をたくさん持っている。
これらが備わっている帰国生は魅力的で、海外でいかに現地の人とコミュニケーションしてきたかが分かります。また入試も必ず成功し、その後も目覚しい活躍が見られます。
 そんな帰国生たちのように、「私も生まれて初めての海外経験で人間的にもっと成長できるといいなあ」と期待半分、不安半分の思いを抱きながらエジプトに渡ったのでした。

●エジプトの人とのコミュニケーションの中で
 エジプトに来た当初、会う人会う人に「ようこそ!」と温かく挨拶をされて肩の力が抜け、ここで何とかやって行けそうだと思えました。その一方で、物が壊れ易く、修理屋を呼んでも「5分後に来ます、それがアッラー(神)の御意志なら。」と言ったその結果が翌日以降になるという、当てにならない時間の感覚や、規則は無視して何でも話し合いで自分の主張を通そうとする交渉社会に閉口しました。
 私が働く大学の学生も「昨日まで家族と旅行をしていて全然勉強していないから、今日の試験を来週にしてほしい」、試験実施直前に「問題を教えてほしい」、「エジプトでは遅刻は悪いことではありません」など、理屈が通る通らないに関わらず、とにかく公然と非常識な主張をしてきます。しかし怒って呆れる反面、慣れない日本語を使い、身振り手振りを加え、私を分からせようとする彼らの諦めない姿に感心もします。また、憎らしいほど人懐こくて、分かり易く、上手な表現で訴えてくるのです。この手法が日本で通用するかは別として、ある意味、コミュニケーションの際、その貪欲な姿勢は見習うべき所があるように思います。
 エジプト人のことを「明るいけれど厚かましいし、時間や約束も守らないし、頑固で謝らないし、文句を言うと下らない嘘や言い訳でごまかすし、目前に利益がないと働かない怠け者だからダメだ」と現地在住の方からの声をよく耳にします。しかし客観的に見ていると「この店はエジプト人店員だから態度が悪い」と文句を言う人に限って、店員とろくに言葉も交わさず、失礼な振る舞いも多いのです。「異国人同士でどうせ通じないし、…」と初めからコミュニケーションをせず、勝手に判断してよいものでしょうか。
 確かに、90%以上イスラム教徒の国で、言葉も習慣も考え方も我々日本人とはかなり違うエジプト人への説得には骨が折れます。しかし、彼らの考えも尊重しつつ、こちらの言い分も述べて「だからいけない」とはっきり主張すれば、エジプトの人も案外、潔く非を認めるのです。必然性が分かれば、無理な用事でも融通を利かせてくれます。感謝の気持ちで贈り物をすれば、心のこもったお返しが来ます。日本社会と同じです。また、習慣の違いから現地の人を怒らせてしまった時でも、日本の社会人の礼儀を尽くして説明すれば、「それなら問題ない」と温かい目で水に流してくれ、後で信頼関係ができることもあります。
 ここで生活して、諦めずに分かり易い意志伝達を心掛ければ、温かく耳を傾けてもらえ、「話せば分かり合える」し、そこで初めてその国の真の姿が分かるのだと認識しました。

●分かり易く伝えることを心掛けて
 今、日本語教師の仕事をしているため、エジプト人学生の日本語力の現状を考慮しながら、常に「分かり易く伝えること」を心掛けています。しかし、これを実行するのはなかなか難しい。母国語、外国語を問わず、日頃の心掛けと訓練が必要です。またこれは生きていく上で、余計な誤解による争いや身の危険を避けるためにも必要だと思います。例えば、エジプトや中東諸国内で、よく警官や軍の人からテロの警戒もあってか、「外国人」というだけで不愉快な尋問を受けます。そんな時、怪しまれないように怒らず冷静に、礼儀正しく、かつ分かり易く、身の潔白を主張しなければ、逮捕されたり、殺されたりするかもしれません。
 皆さん、海外滞在中、できるだけ分かり易い意志伝達を心掛けてみてください。海外生活の長い人は帰国後、日本社会で相手を思いやりながら、分かり易い意志伝達の努力をしてください。異文化間の意志伝達の苦労を克服すればするほど、礼儀、思いやり、積極性そして語学力も身につくと思います。日本に帰国したら、さらに日本語で思考力と表現力を磨き、まずは帰国入試でそのコミュニケーション能力の四技能(話す、聞く、読む、書く)を活かしてください。外の世界を知り、教養のある人は、勇気があって誰に対しても優しく、立派な人が多いと思います。皆さんがそうなって行かれることを願っています。



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