ESSAY

確かな土台を築こう!
          代ゼミ帰国生チューター
 森 哲史
父の海外赴任のため98年から01年まで米国ワシントン州に滞在。代ゼミ帰国コースを経て、上智大学社会学科に入学。代ゼミ帰国生チューターとして後輩の指導に携わる。来春には総合商社に就職予定。

 みなさん、こんにちは。私は現在大学で都市社会学を専攻し、副専攻として東南アジア社会経済論を学んでいます。具体的にはフィリピンをフィールドに、都市社会学の理論、方法論を用いながら研究をしています。今回は、私が海外でどのように過ごし、それが現在の大学生活にどのような影響を与えているか。そして「日本」の大学に関することを中心に述べたいと思います。帰国生入試を控えたみなさんがこれから海外でどのような意識を持って過ごせばよいかということの参考になればと思います。

●海外生活
 私が海外へ渡ったのは高校1年生の時でした。父の転勤に伴ってです。当初は父が単身赴任の形で米国へ行く予定でしたが、当時の私にとって米国は映画、小説、音楽、歴史等さまざまな形で私の関心の的でありました。元来好奇心が強い性格もあり、自分自身をこの未知の世界へ投じてみたいという要求にかられ渡米を決意しました。しかし、米国での生活は想像以上にハードなものでした。人口1万人程度の小さな田舎町ということもあり、言葉、文化、宗教など多くの面で苦労しましたが、サッカー部で活動することでスムーズに順応できたと思います。白人中心の社会で生活することで、私はアジア人としてのアイデンティティを強烈に感じさせられました。これは日本で生活しているとなかなか得られないことです。当時の私は、日本では何かと欧米のほうへ関心が向いていて、日本人はアジア人でありながらアジア軽視の傾向にあると感じました。最近でこそ経済的視点からアジアが注目されてきていますが、依然日本には明治からの脱亜入欧的な姿勢が残っているのではないでしょうか。これからの国際社会での日本の将来を考えた際、今のままでよいのか、日本もよりアジアへ目を向けていく必要があるのではないか。こうした問題意識が私の中で生まれてきました。そして、大学ではアジアに関することを勉強したいと漠然と考えるようになりました。私はアジアの中でも特に東南アジア地域に興味を持ちました。理由はフィリピン人の友達と仲良くなることで、私が育った沖縄との多くの共通点などを発見し、その社会、文化に興味を持ったことがきっかけです。
 以上のように高校時代に感じていた問題意識はそのまま私の進路に結びつきました。学業以外でも、こうした意識は学生生活に大きく影響を与えました。特にアジアの初等教育を支援する学生主体NGOでの活動では得がたい経験をたくさんしました。実際にインド・フィリピンの支援地域を訪れたり、市民活動の意義やあり方について学んだり、そしてそこで得た人脈はこれからの人生でも貴重なものとなるでしょう。ここで、みなさんへ伝えたいのは海外での経験・体験の大切さです。日々の経験で不思議に思ったこと、怒りを感じたことなどについて考えてみる。そうした中で自分の中で問題意識が生まれてくると思います。その意識を大切にしてください。できれば、自分が考えたことを日記などに記録して残すとよいでしょう。大学入試での小論文対策はもちろん、人生の宝となると思います。

●「日本」の学生生活
 次に、「日本」の学生生活について簡単に述べたいと思います。諸外国の大学と比べ、「日本」の大学は一部の学部を除き、学生生活の自由度がとても高いといえます。毎日の課題などはほとんどなく学期末の試験・レポートがある程度です。私は自由度の高い日本の大学システムを大いに気に入っています。専攻に励む一方で、専攻以外の学問をかじってみたり、NGO活動をしたり、歴史小説を読んだり、国内海外を貧乏旅行したり、登山をしたりと有意義に利用しています。こうした自由な時間を活かすも殺すも皆さんしだいです。自ら積極的に動かず、受身の姿勢でいれば、大学での生活に退屈してしまうかもしれません。この「日本」の大学生活を有意義なものにしていくには当然ながら何事も自発的に行動していく必要があると思います。みなさんも自由度が高い日本の大学で何をしたいのか、その点を明確にするとよいと思います。
 私は学生生活を地中に根を張る期間であると考えています。学生生活で様々なことを経験し、学び、遊び、多くの人と出会うことでより地中深くに根を伸ばし、安定した土台を築くことができます。そして、確かな土台を築くことで、将来より大きく成長し、魅力ある花を咲かせることができるでしょう。繰り返しになりますが、みなさんも今の海外での生活を実りあるものにして人生の土台を築いていってください!




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