ESSAY

挑戦に出会える幸運を糧に
          東急スポーツシステム(株)勤務
小森 隆弘
早稲田大学教育学部卒業。サッカープレーヤー・映像制作・通訳を経て、2004年よりスペインサッカー協会公認フットボールスクール「J-FRONTAGE」の立ち上げの契約を担当し、開発・運営に携わる。
2002年サッカー日韓W杯ではブラジル代表通訳・チームエスコート、2002年トヨタカップ 南米代表チームエスコートを務める。35歳。

 私が帰国子女として話をさせて頂くには、ずっと昔の話になってしまいますが、ある程度年輪を重ねていくうちに、海外での生活体験が自分にポジティブな影響を与えていることを自覚するようになりました。自分の体験と、思うところを書かせて頂くことにします。一つの例として読んで頂ければと思います。

●やってくる「壁」を「サッカー」で乗り越える
 私は海外居住経験者です。今はスポーツ事業を営む企業の社員としてフットサル環境を提供する業務に就きながら日本で生活しています。
 海外生活は幼少時に4年間父の赴任に伴い英国で暮らしたのが最初でした。はじめは現地の幼稚園に入園し、他に日本人がいない中で1年間苦しみました。過ごしたのはロンドン郊外の穏やかとは言えない地区でしたが、やがて友達も増え楽しい時間を過ごすようになりました。滞在中の最大のトピックはなんといってもサッカーとの出会いでした。友達や年の離れた兄に遊んでもらっていただけですが、その後の自分の生活に、現在まで大きな影響を与えています。
 学生時代、怠りがちだった学業もサッカーで身につけた体力と闘争心でどうにか乗り越えました。大学では、教員を目指すはずがサッカーへの執着が強まり、就職活動をやめて武者修業にブラジルへ渡る決意をしました。
●新天地で広がる『価値観』
 ブラジルでは複数のプロチームでの生活を経験し、ポルトガル語とブラジルの人・文化などの新しい価値観と出会いました。現実の生活をかけている現地の選手は私のような侵入者に容赦しません。自ら飛び込んできた恵まれた国の人間に、強い敵意を示すプレーをたくさん味わいました。ただ、意地悪とか憎いということではなく、自分を守るための必然的な行為だということがまさに「痛いほど」理解できました。
 一方、その環境の中で闘ってきたおかげで適応が早かったのも事実です。最初の3ヶ月を過ぎる頃には日常会話はこなせるようになり、さらに自力でビザの変更のための情報を集めるうちには言葉はもちろん、日本とブラジルの歴史や現在の両国の関係なども知ることができました。名実ともに勉強した、と今も感じています。
●サッカーで得た経験が仕事や生活に活きる
 その後アメリカの下部リーグで念願のプロリーグでプレーし、帰国しました。そして日本で最初に就職することになったスポーツの映像教材を作る会社ではサッカーの企画に携わり、映像制作について学んで経験を積みました。
 4年間勤めた後通訳・翻訳、そして映像ディレクションのスキルを活かして自宅の一室を拠点に独立しました。収入は少ないながらも好きなことを仕事にできる感覚は格別で、普通に勤めていたらなかなか味わえない体験もたくさんしました。現在の仕事にも繋がる自分の肥やしになっています。
 例えばそれはブラジルで、地位のあるフットサルコーチのトレーニングビデオを作ることになったときの経験です。こんな依頼が来ること自体これまでの実績が活きているんだと喜びましたが、この機会に学んだのはフットサルのトレーニングではありませんでした。渡航前を含めてさんざん打ち合わせをして準備を整えた挙句、肝心の撮影当日になんと本人が現れなかったのです。「明日よろしくお願いします」と言ってにこやかに別れた翌日のことでした。
 あとから現地の人らと話して見えてきたのが、結局彼らにとっての仕事・約束、あるいは契約という概念が日本でいう感覚のそれと根本的に違うということでした。選手時代にもプロチームの給料が未払いで選手たちが練習や試合をボイコットという話もざらにありました。社会情勢もあり、彼らにとっての明日の保証とか約束は通常の日本で捉えられているそれとは違っているのです。どんなこともあり得るという覚悟を前提に、彼らは賢く生活しているのです。こうした発想や視点の違いは今の仕事で取引のある他の国の人との間でもあります。その点に対する私の強みは、語学力よりもむしろ違う価値観同士を突き合わせた海外での経験だと思っています。
●幸運は活かしましょう
 これまで私はいろいろな『挑戦⇒克服⇒自信・達成感⇒次の挑戦』の繰り返しをしてきました。挑戦の対象は向こうからやってくるもの、自ら挑むもの、とそのときどきで違いますが、それに向かうときの心理に共通点は見出せます。
 今の自分がこの共通の部分であるスタンスを持てるようになったことは、これまで書いてきたような海外での生活が背景にあります。異文化での共生は、言語・習慣・発想などいろいろな他人とのギャップを克服し、理解することに他なりません。海外生活の機会はそういう大きな挑戦の経験を与えてくれる幸運です。私にとってはその幸運を活かしたご褒美が第二言語の習得であり、感性の違う人々との交流で磨かれた価値観です。また、それがさらに新しい出会いや機会をもたらしてくれていると思います。
 そんな経験を既にしていたり、少なくとも今回日本に帰国したことで克服すべき壁に挑む機会を得た幸運な皆さん。正面から挑んだことは必ず糧になり自信になります。私も皆さんも、幸運のアドバンテージを存分に活かし、これからまた多くの挑戦と克服を重ねていけますように。




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