| ESSAY |
| 「出る杭(くい)は打たれる」…って本当? |
| 代々木ゼミナール帰国受験科英語講師 大島 昇 |
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●出る杭は打たれる 「出る杭は打たれる」は「出る釘は打たれる」とも言いますが、広辞苑(第五版)によりますと、杭と釘の区別なく、「すぐれてぬけ出ている者は、とかく憎まれる。また、さしでてふるまう者は他から制裁されることのたとえ。」という意味だそうです。 日常的レベルでこの表現を使うときは、目立つような言動をする人やお節介をしすぎる人は嫌われるという意味で使われているのではないでしょうか。事実、日本の社会にはそうした傾向があると思います。 これを帰国生との関係で考えますと、ポイントになるのは「ぬけ出ている者」と「さしでてふるまう者」でしょう。帰国生が優秀という意味で「ぬけ出ている」かどうかは別にして、周囲の平均的な日本人とは異なる言動をしてしまうことは大いにあり得ることです。それを広辞苑のいう「ぬけ出ている」こととして解釈され、周囲の人の気分を害してしまう可能性があることは否定できません。また、普通の日本人との距離感がうまくはかれないかもしれません。どこからが差し出がましいことになるのかが分かりにくい場合が多々あるはずです。帰国直後であればいっそうその可能性があります。いずれにしても、帰国生の言動が奇行や極端なものと解釈され「出る杭」扱いされる危険性は常にあると思ってよいと思います。蛇足ですが、私個人の観察したところでは、もう自分は日本社会に馴染んだと思い込んで油断した瞬間が危ないようです。 ●出すぎた杭は打たれない? 「出る杭は打たれるが、出すぎた杭は打たれない」とも言われています。あまりにも抜きん出ている場合や極端に目立っていても無害な場合はそのまま自由にさせてもらえる場合があるのです。奇行や過激な言動と周囲が感じることも個性として認められ、場合によっては持ち上げられることさえあります。 こうした現象が起きる背景の一つは「勝てば官軍」や「長いものには巻かれろ」という考え方の存在でしょう。勝っているからこそ官軍になれるし、「官軍」であるということは、時の朝廷が後ろ盾になっていることを意味するのです。「長いもの」にも同様のニュアンスがあります。どちらの場合もうまくいっていることと何らかの権威による後ろ盾があることが条件になりますが、その条件が整っている間は周囲の人たちと相当異なったことをしても好きにさせてもらえるのです。 いま一つは、あまりにも暴走が激しすぎると、周囲が諦め、場合によっては尊敬されることさえあるということです。仮に「『変』の暴走」と呼ぶことにします。帰国生ではありませんが、この典型例がドクター中松さんではないでしょうか。ジャンピングシューズなるものや泥棒が入れない家などとっぴなものを発明しつつ、選挙にも出る。予想のつかない行動の連続です。もう誰もその暴走に手を着けられないとうい状態です。ここまで「変」であると周りも諦めがつくものです。これも日本人の行動様式の一つでしょう。 「勝てば官軍」と「『変』の暴走」が「出すぎた杭は打たれない」の背景にあるのではないでしょうか。 ●出すぎた杭は確かに打たれにくいが… 杭が出すぎているか否かに関わりなく、杭が出ている時点で、すでに反感を買っていたり、不快感を与えたりしていることにはかわりありません。ただ周囲の人たちが黙っているだけのことです。では、状況が変化したとき、その人たちはどのように反応するのでしょう。 結論は簡単で、うまくいかなくなれば、「負ければ賊軍」ということで、一斉攻撃が始まるのです。また、後ろ盾となっている権威が弱ったり、無くなったりしたときも同じことになるはずです。ここで注意したいのは、単に相手にされなくなるだけではなく、完膚なきまでに攻撃を加えられることが多いことです。別な言い方をすれば、日本の社会で平穏に暮らしていくことが難しくなるのです。 いったん形勢が不利になると、周囲と異なる言動が攻撃の的になるのです。つまり、「出すぎた杭は打たれないかもしれないが、折れやすい」のです。私が勝手に作った表現ではありますが、このことを帰国生、特に都合の良いように拡大解釈をしている帰国生は肝に銘じてほしいものです。 ●チャーリー大島のモノローグ 最後に帰国生諸君に一つ伝えておきたいことがあります。日本の社会の中で平穏に暮らしつつも、自分の個性やこれまでの経験(外国での生活など)を発揮できる方法があるのです。前にも出てきた「『変』の暴走」がその秘訣なのです。それは、風変わり度合いが、周囲へ与える迷惑や不快感の度合いを上回っている場合です。その上に周囲にとって有益なことをすれば、ドクター中松さんと同様に周りも諦めがつくものです。これが恐らく多くの帰国生やその親が目指している個性が発揮されている状況なのでしょう。状況の空気を読みつつ、周囲に合わせることができた上で、独自のものをさり気なく出していくのが日本における個性ではないでしょうか。 |
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