ESSAY

「当たり前」ではない経験を大切に
社団法人共同通信社勤務 水島 彩子
父親の海外勤務のため、オーストラリアに4年間滞在。代ゼミ帰国コースを経て、早稲田大学第一文学部に入学、哲学科心理学専修に進学。現在、社団法人共同通信社で大阪支社社会部に勤務し、大阪府警捜査一課担当の記者。

  日本に帰国して、早いものでもう10年以上が経ちました。私はもともと、将来は日の丸を背負って仕事がしたい、という希望をもっていました。海外滞在中にさまざまな人種の人々と接してきたことで自分が日本人であることを強く意識するようになり、日本人であることに誇りを持つようになったからだと思います。
  高校時代から犯罪や犯罪者の心に興味があったため、大学と大学院では心理学を専攻、卒論ではポリグラフ検査を選択しました。その後、紆余曲折があって警察ではなく報道機関に就職したのですが、何の縁か、入社以来ほとんどずっと事件記者をやっています。
  現在は大阪府警察本部の記者クラブで、殺人や誘拐、強盗などの凶悪事件を担当しています。実際に権力を行使する仕事ではありませんが、「日本の犯罪を少しでもなくし、安全で良い国にしたい」という思いを実現するためには、ペンの力というものは絶大で、やりがいのある仕事だと実感しています。

●常に先を考える
  私は学生時代、代ゼミで6年間チューターをしていたのですが、その間、常に帰国生の生徒たちから色々なことに気付かせてもらいました。大学時代はチアリーディングサークルの活動に明け暮れ、自分が帰国子女であることを意識することはほとんどありませんでした。いい意味では帰国して日本に溶け込んでいたのですが、周りに流されて自分らしさを見失っていたときもあったように思います。でも帰国入試に向けて頑張る皆さんと接していると、ときには忘れかけていた自分の目標や情熱を思い出し、そのたびに「初心に帰る」ことができました。
  一般の高校生の家庭教師もしていたのですが、帰国子女の受験生が日本の高校生と一番違う点は、大学に入るということだけを目標とするのではなく、その先にある自分の将来を見据えて大学に入ろうとしているというところです。もちろん「まだ決められないから大学に入って考えたい」「○○にも興味があるけど、××もやってみたい」という人もいます。それでもいいのです。大事なのは、常に先を考えること。大学に入ることや就職をすることはゴールではありません。自分が何をしたいのか、そしてどういう人間でありたいのか。自分のオーストラリアでの生活を振り返ってみても、学校ではエッセイやディスカッションなどで意見を求められることが多く、クラスメイトは皆自分の生き方や考え方について自分の意志を持っていました。
  今は日本でも、有名大学を出ただけで望み通りの就職ができるわけでもなく、帰国子女だというだけで有利になるということもありません。やはりそこには、個性や主体性が求められる社会になっています。でも、そういったものは一朝一夕で作られるものではありません。決して楽しいことばかりではない海外生活で培った「自分らしさ」は、将来必ず役に立つのです。

●人と環境に適応できる強み
  記者という仕事は「人」が相手の仕事です。その相手はさまざまで、老若男女問わず、政治家や会社員、路上生活者や在日外国人など、人種から生活環境まで、自分とは全く異なる人から話を聞かなければいけないことも珍しくありません。(言語という意味ではなく)話が通じないこともたくさんあります。
それはまさに海外生活と同じ。どうしたらその環境に溶け込めるか、どうしたら相手の言うことが理解できるか、どうしたら自分の思いが伝わるか…記者の仕事はこの繰り返しです。ここまで極端でなくても、どんな職業でも社会に出たら同じ局面があり、多くの社会人はこの壁にぶつかって苦労しています。異文化の中で、言葉の壁や人種の壁を乗り越えて生活してきた皆さんには、こういった環境に適応できる強さがあると思うのです。それが「帰国子女」の一番の強みではないでしょうか。

●「当たり前」でない今を大切に
一般的に、愛国心が強い外国人に対し、日本人、特に若者でそれを意識している人は多くありません。私は海外滞在中に友達から日本の歴史や文化、土地のことなどを聞かれてうまく答えられず、「日本人なのに日本のことを知らないのはおかしい」と言われ、そうだなと思ったことがあります。そのことをある人に話したところ「あなたは若いときに海外生活をしていたからそう思うことができた。それはとても恵まれていることだ」と言われました。
受験を控えた皆さんは今、試験や帰国後の生活など、色々な不安を抱いていると思います。でも海外滞在中はあまり受験というものにとらわれることなく、「今」の時間を大切にして、その土地でしかできないことをすることで思い出をたくさん作り、悔いのない海外生活を送って帰国してください。「当たり前」でない経験をしてきたことは、これからも皆さんの糧となり、受験はもちろん、さまざまな困難を乗り越える上で一番の支えになると思います。頑張ってください。



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