ESSAY

グローバル化を生きる帰国子女
          
経済協力開発機構(OECD) 事務次長
天野 万利  
          
1973年、外務省入省。ロンドン、クウェート、パリ、バンコク、ワシントン、ヒューストン、ニューヨークの大使館などに在勤。2007年から、経済協力開発機構(OECD)事務次長。
   

●「グローバリゼーション」の波 
  過去20年くらいの期間を振り返ったとき、私たちの周りで起きていることの最大の特徴を一言で言うと、それは「グローバリゼーション」ではないでしょうか。そうしてこの先何十年かの間にわたって、この流れは続いていくものと思われます。
  一般に「グローバリゼーション」、「経済のグローバル化」とは、国と国の間の国境の壁が低くなり、モノ、ヒト、カネ、そして「情報」が国境を越えて、自由、大量、かつ急速に移動する現象を指します。その背景には、80年代末に起こったソ連の消滅と冷戦構造の崩壊、EU統合の深化のような政治的な要素もありますし、また、パソコン・インターネットの急速な普及、航空機の発達による大量輸送というようなインフラの発展も重要です。
  また、ここで見落としてはいけないのが、グローバリゼーションの進行に伴って、それまで国毎に異なっていた多くの規則や基準の統一化や相互の受け入れが進んだことで、こうしたソフト面で制度改革がグローバリゼーションを大きく前進させたという点です。

●帰国子女の英語 
  ところで大変幸いなことに、皆さんのように「帰国子女」(注)といわれる人は、そういう時代を生きていく上で、「語学力」と「国際感覚」という極めて重要な2つの点で大きな優位を持っていると思われます。
 まず語学力ですが、いまや英語ができるのは当然、少なくとも英語以外に一ヶ国語を話せた方がよい時代になりつつあります。ですから、皆さんが英語圏で学ばれたのであれば、学校の外国語の授業で学んだフランス語やスペイン語が役立つでしょうし、英語以外の言語の学校であったならば、この先英語を集中的に勉強してください。
  帰国子女の人と日本でよく英語を学んだ人の英語を比べると、面白いことに気がつきます。友達と連れ立ってコンサートに行ったとしましょう。通路に近いところには何人かの人が先に座っていて、中のほうの席に入るにはこの人たちに立ってもらう必要があります。皆さんは、自然に「Excuse us, please.」と言いますよね。随分良い成績の人でも日本で英語を習った人は、とっさにこれが出ず「Excuse ME.」になってしまいます。
  これは英語というより英語的発想、思考にかかわることかもしれません。たとえ日本語で話していたとしても、長く英語圏に暮らしていると、「お腹、空いてない?」と聞かれた時、首を横に振りながら「ううん、空いてない」と反応しがちです。また、「兄弟は何人」と聞かれた時に、自分の分を一人引いて答えたりしませんか。ですが、そういう風に「英語で考える」ことこそ、英語でのコミュニケーションにおいて重要なのではないでしょうか。

●帰国子女の国際感覚 
  皆さんの中に、自分は国際感覚がある、と思っている人は殆んどいないのではないでしょうか。即ち、帰国子女の人は国際感覚があるなどと言われても、自分のどこにそんなものがあるか、ピンとこないと思います。私の思う国際感覚というのは、「世の中には色々な文化や慣習があって、それらはどれが優れているとかいうのでなく、それぞれが合理性と存在理由を持っている。生まれ育った国が違えば価値観も異なって当然で、大切なことはお互いの価値観を尊重し合うことだ」というような考え方ができることです。ただし、「互いの価値観を尊重する」ということは、「だから、人と議論しない」ということには全くなりません。私は最近の若い人が他の人との対立を必要以上に避けたがるが故に、自分の意見を表明するのを控えたり、極めて曖昧な表現を多用することは、感心できません。何が正しくて何が正しくないかを判断すること、自分の考えを持ち、それを論理的に他人に説明できることは非常に大切なことで、これもまた、帰国子女の人は自然と身についていることかもしれません。

●帰国子女が心がけるべきこと 
  皆さんの中には、これから大学受験という人が多いと思いますが、その先には就職が控えています。就活というのは今や、大学受験以上に大変な競争状態のようですが、そうなると皆さんの持つ帰国子女としての優位が俄然生きてきます。他方、強みは弱みでもあるので、帰国子女の人が心がけたらよいのではと思うことをお話します。
  語学については、言葉は所詮「入れ物」であって大切なのは中身ですから、内容のある話をきちんと順序立てて話す能力を身につけること。皆さんは、同年代の友達とおしゃべりするようにと言われたら、1時間でも2時間でも苦労なくできるでしょう。そうでなく、何かのテーマについて大勢の前で発表するような経験が役に立ちます。その為には、中身の勉強が欠かせません。大学では是非、日頃から時事問題を追いかけ、専門分野以外にも広く世の中の問題に関心を持つよう心がけ、それらに関して自分の考えを持つようにし、更にゼミなどの機会を通じて自分の意見を上手に表現できる能力を培ってください。
  また、国際感覚があるが故に、日本人としての常識に欠けるようなことのないように心がけてください。皆さんが3年間外国で暮らしたとしたら、その3年間日本にいなかったということで、その年齢のときに日本にいれば経験したであろうことを経験していないわけです。ですから、その分は意識的に取り戻す努力が必要で、日本文学に親しんだり、日本国内を旅行したり、日本的な習い事や武道など何か一つでもいいですからやってみて、それらを通じて日本理解の一助となるようなことに挑戦してみるとよいと思います。


(注)「帰国子女とは」 ここから先のお話の中で「帰国子女」という時、私は、「初等・中等教育期間のうち1年以上の期間を家族とともに外国で過ごし、現地校ないしインターナショナルスクールで主に英語で教育を受けた人」を念頭においています。最近は、外国で高校を卒業し、そのまま外国の大学に進む「帰国しない子女」も少なくないようですが、そういう人も含めて「帰国子女」と呼んでいます。


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