ESSAY

生きる意味
  代々木ゼミナール帰国受験科国語・小論文講師 木村 勧
●人はなぜ生きているのか
 人は人生の中で、幾度となく立ち止まって「生きる意味」を自問する。そして、その答えを見つけたと思ったのも束の間、それまでの答えに疑問を感じるようになる。そしてまた新たな答え探しの旅をはじめる。これからの進路を決める受験期は、まさにこの問いに直面し、答えを真剣に求めようとする人生最初の時期なのではないだろうか。

●私と自閉症について
 訳あって、私は自閉症の子ども達と関わっている。そして過日、家内の旧知の間柄であるタレントの島田律子さんが、自閉症の弟の力郎さんのことを書かれた書物『私はもう逃げない−自閉症の弟から教えられたこと−』(講談社刊)を出版されたことをきっかけに、千葉県・滑河の自閉症施設である「しもふさ学園」を訪ねることとなった。この学園のことは、島田さんの本が先日NHKでドラマ化され、「抱きしめたい」のタイトルで放映されたので、ご存知の方も多いのではないだろうか。
 ここで少し自閉症について説明しておこう。自閉症とは、先天性の脳の機能障害であって、原因も不明で未だ治療方法も確立されていない。その症状は個々の患者毎に異なるが、共通する症状は、コミュニケーション障害(言葉の獲得も含め)と、その多くが精神発達遅滞を伴うことである。重度の者は排泄・睡眠という人間が当たり前のように日々行なっていることすら難しくなる。有名な映画「レインマン」の中に出てくるダスティン・ホフマン演ずる自閉症者が、驚異的な記憶力の持ち主として描かれているが、このようなケースはむしろ稀で、多くの自閉症患者は一見全く「無能力」であるかのように見えるのが実情である。

●しもふさ学園を見学して
 さて、話を元に戻すが、島田さんの弟の力郎さんが生まれた30年前には、今以上に早期療育など何もなく、力郎さんのご両親である島田夫妻の当時の苦悩とご苦労がしのばれる。そのような中、島田夫妻は、何も無いなら自分達の手で子ども達の居場所を作ろう!と決意され、汗と涙の結晶として「しもふさ学園」が誕生したのであった。(この辺りの詳しい話は、前出の島田律子さんの本を読んでもらえばわかるだろう。)
 島田さん(父上)の案内を受けて見学させてもらった「しもふさ学園」は、想像以上に素晴らしい施設だった。緑に包まれ澄んだ美味しい空気で満たされている広大な敷地。建物・設備の美しさと清潔さ。その場全体を包む暖かさとやわらかさ……。「どうしたら一個人の想いがこのように大きな仕事として具現化されるのだろう。」と、人そのものが持つ力と可能性とに心を打たれ帰途についた。

●力郎さん
 滑河からの帰路、感動の余韻に包まれながら、ずっと先ほどのことを考えていた。「どうして個人の手でこんなに大きな仕事が出来るのだろう。大勢の人の共感を呼び、寄付金を集め、土地まで提供してもらい、多くの困難を乗り越えて親の想いを『しもふさ学園』という形で具現化できるのか。その原動力はいったいどこから来るのだろう?」家に帰り、家内とも話をしていて、ふとひらめいた。「ひょっとして、これらの仕事をしていたのは力郎さんではなかったのだろうか。」と。確かに実際に施設作りに奔走されたのは島田夫妻ではあるけれども、見方を変えれば、物は言わずとも力郎さんがご両親に働きかけ、施設を作らせたのだと言えるのではなかろうか。彼の存在は、ご両親を通じて周囲の人々に働きかけ、そこから大きな波紋が広がり、仕事が次々と実現されていったのだ。

●生きる意味
 人が生きる意味はいったいどこにあるのだろうか。具体的に何かをなす能力を持ち合わせている事に、生きる意味があるのだろうか。「そうではない。一見無能力に見える人も、その存在自体において生きる意味が確かにあるのだ。」このことは、頭の中では解かっていたつもりだ。けれども、今回「しもふさ学園」を訪問したことで、生きる意味は断じて具体的なものに尽くされるのではなく、人の存在自体において大きな意味があることを心の底から実感し得たのである。
 受験勉強に悩む諸君!君達は自分の能力に悩み、自分の力を小さく感じることも少なからずあるだろう。しかし、君達にも当然のことながら、君達の存在それ自体において、まっすぐに生きようとする姿それ自体において、尽くせぬ深い意味があることを噛みしめてもらいたいのだ。

 


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